2015年11月23日

動物の子育て

動物の子育て。昨今の犬猫ペットも含めて、動物の子育てから学べる子育て方法を見ている。

犬の場合は、生後6〜8週齢までは母犬や兄弟姉妹から離さずにいて社会化期への基礎行動を学ばせるとか、猫の場合は、生後8週齢までに人間とのふれあいを持たないと、人に慣れにくくなる、など、生き物の全てに当てはまり、生涯を左右する社会への適応能力を、親の養護下で、咬んだら相手が痛いことを自らが学んでから、社会化期を迎える。

人間の子どもは、物心がつく頃は、良い大人の男性の集団に混ざる生活をすると良い。叱れる『善い男』の群れの中で、社会化期に『群れのルール』を学ぶ。

育児放棄、ネグレクト、いろいろな問題環境もある中で、『社会性を学べない』ことは、その子どもが成人してからの一生涯に、差し障りが出る。

ただ単に『男の群れ』で良いのではなく、『善い男の群れ』に限る。

しばし事件化する20歳前後の者がリーダーの不良グループでは、その教え込まれる『ルール』が『一般社会』のそれとは違う。

社会化期までに、どの道へ進ませたいか、親が導かなければならない。放っておいては駄目だ。ゲームからは基本が学べず、社会への順応性が育まれない。
posted by とっち at 22:18| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月16日

栗駒耕英くりこま高原自然学校

栗駒、今の駒の湯

 兄さんに道案内をいただきながら、栗駒耕英地区にある“くりこま高原自然学校”へ(降雪前の先々週)

栗駒、今の駒の湯

復旧工事の進む駒の湯温泉跡を前にして、万感の思いがこみ上げてきました。“絆”と刻まれた慰霊碑の前にし御供養の法螺を。

三昧法螺聲 一乗妙法説 経耳滅煩悩 當入阿字門

故に金剛三昧の螺を吹いて悪魔降伏の威を振るい聲字實相の音を立てて内性心蓮の尊を驚かす。故に長眠是を聞いて驚覚し永夜此れに依って忽ちに醒むる。

一切諸魔離退散、降伏諸魔宿伏者、遍至三千大千界
ノウマク サンマンダ ボダナン アン


修験道山伏の携える法螺は法具であり楽器ではありません。

CD販売元:青山社
http://www.seizansha.com/item_detail/itemCode,1625/

駒の湯温泉をあとにし、山脈ハウスで国内初のイワナ養殖発祥の地である耕英名物イワナ料理、イワナ丼とイワナの燻製をいただきました。そのボリュームと旨さは最高です(^人^)。ご馳走様でした、ありがとうございました。

くりこま高原自然学校


皆さんにお話をうかがいながら、施設のご案内をいただきました。マスターの佐々木さんからは御自身の卒論、「劔岳」の修験道について御研究なされた御話をしてくださり大変ためになりました。

「劒岳 点の記」
http://www.tsurugidake.jp/main.html

また、ペレットストーブのお話では森のこと。新潟の古川さんのビデオを何度も何度も、それこそ穴が開くほどに拝見させていただき、感銘感激感動いたしました。

マンションに暖炉。FF式ストーブ用のスリーブがあれば、マンションやアパートでも生きた炎の“暖炉”生活を楽しめるのではないか、と、思いました。

(株)さいかい産業さんのホームページでは、“薪ストーブ”の味わいそのまま、薪とペレットの両方に対応したストーブもあります!コレは欲しい!是非とも欲しい!エコポイント、使えないのかな?これはすごい!エコですねー!

ペレットストーブ・新潟の(株)さいかい産業

着火時の微量の煙以外は殆ど煙が出ない(株)さいかい産業さんのペレットストーブ。もちろん、サンタさんの“煙突”は要らないのです。灯油を使うことの罪悪感を懐くこともなくなります。

カーボンニュートラル、木々が成長の過程で吸収した分のCO2二酸化炭素した出さないエコロジーなストーブ。そして石油ストーブでは出せない体の芯から温まる“暖かい炎”。

ペレットストーブ・新潟の(株)さいかい産業

エネルギーの地産地消。エネルギー自給率が4%と日本。96%のエネルギー分は、外国に“日本円”が流れ出しています。このペレットストーブは欲しいです(爆望)ペレットの成型プラントも欲しい、山も欲しい・・・。

TPPに参加すると、宮城県の場合は▲786億円の農産収益減収。国策は自分の家庭に置き換えると当事者であることの自覚が芽生えます。「金は天下のまわりもの」だけど、国外に▲流出するのだから、あなたの家庭会社に入るお金だって減るんだヨ。

食べ物もエネルギーも、企業もニッポンの外に出てゆく。。。企業求人では、日本人新卒者は掃いて捨てても生かされる道が拓かれないのに、外国人留学生は引く手あまたの現状。

政治はニッポンをどうしたいのか・・・。

みんな、うちに来て、薪、拾え。
posted by とっち at 23:14| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月28日

Don't try to saw sawdust.

"Don't try to saw sawdust."

Gon's wrote...
In connection with our life, the sawdust is like our past. Many people tend to get back on their past. They used to think back of their sad moments, regretting and worrying those moments that are over and done with. When you are doing this, you are merely trying to saw sawdust.And if you are doing it in some portions of your life, I tell you,you will never find happiness but instead you will live in a life full of worries and regrets!Don't be a prisoner of your past!
http://mysecretsofhappiness.blogspot.com/
posted by とっち at 13:57| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

三途の川と早起き

「早起きは三文の徳」

学校や仕事が休みの日でも、いつもと変わらない時間に起きる。


休みの日だから、時間に余裕がある。

その時間を使って、毎日やらずにいたことを補う。穴埋めする。


本当は、毎日その都度、溜まる前に、大きくなる前に、解消解決しておかなければならない。


「よぉ〜っし、今日はパパ、仕事も休みだしゴルフ接待も無いから、キャッチボールしよう!」

なぁ〜んて、やっちゃう。それはそれで、子どもも喜ぶでしょう。やらない親よりはマシに見える。


そんなとき、ふと、「パパが喜ぶから」と無意識に思う子ども。

「・・・(パパ、勝手だな・・・)」と思う子ども。


子どもと「遊んでやった」と思う親。

「親の務めは果たした」と思う親。

それを繰り返していると、愛情を持って育てたという勘違いが、子どもの「擬似成長」となって、「心理的成長」の時間を置き去りにしてきてしまう。

体は大人だが、常に愛情に枯渇して、誰かにかまってもらえないことに苛立ちを覚え、逆上し、狂気に走る。


親を喜ばせば注目してもらえる。かまってもらえる。見放されずに済む・・・。

周囲を喜ばせれば、可愛がってもらえる。

反面、言いたい事を言わない関係になる。

これは親子間だけでないね。


そこでは「動機」が問題。

相手の求めに「嫌だ」と言うと、嫌われてしまう。その「恐怖」が動機となって物事をする。

親に、友だちに、上司に、部下に、嫌われたくないから、自分の感情を押し込めて

親に気に入ってもらいたいから、そうする。自分のための動機ではなくなる。


自分の存在を認められたい、と、人を殺めたりもする者も出てくる。


早稲田大学加藤諦三先生の講義が聴けます。
加藤諦三ホームページ
http://www.katotaizo.com/

「講演テープ」ページの中段にある

講演「現代人と心の健康」 (早稲田大学エクステンション講演会:1995年10月27日)  
 【前半(収録時間29分18秒)】  [mp3:約5.1MB]
 【後半(収録時間28分32秒)】  [mp3:約4.9MB]

時間が無ければ、後半の28分だけでも。


三途の河を渡るには、6文銭が必要だと言われる。(平安時代末期以降)

早起きは三文の徳。

自分の、もっともっと身近にあるもの。

例えば玄関の履物を磨き揃え、通りを掃除したり。。。

今日の昨日の出来事を必ず聞く、応える。


そんなことを続けていると、清々しい毎日になってきます。

しかし、それは自分が気づかなかっただけで、以前と変わらない毎日です。


だ・か・ら、「あなたが変われば、すべてが変わる」のです。


2日で6文、貯まりますよ。(冗談冗談(笑)頑なさはイケませんネ(笑))
posted by とっち at 08:52| Comment(2) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月25日

劣等感

■小6女児が自殺、「学校でいじめ」と父
(読売新聞 - 10月25日 08:55)
view_news.pl?id=1384331&media_id=20



卑怯な育ちかたをした者の劣等感が、優しい心の持ち主を追い詰める。

「イジメ」が発生してしまうことに、イジメる側とイジメられる側の双方に、問題「は」、ある。

だけど、原因は、イジメる方にある。

イジメられる側、からかわれる側の子が、いかに意地悪をされようが叩かれようが、交わし続けていたならば・・・、なんてことは出来ようがない。誰でも掛かる火の粉は払いたくなるだろう。それは攻撃や刺激に対する正常な反応だ。

しかし、イジメる側というのは、それこそ執拗に追い掛けて追い掛けて、手を変え品を変え、いかにしてイジメによって自己の不満を解消し、日頃の自己阻害という被害者意識を埋めようと病的に執着する。


自己境界という、他人は他人、自分は自分という境界作りが互いに欠けている。

それは子どもならば無理はなく、そのためには周りの大人が守ってやらなきゃならない。(学校にクレーム付けるだけが守る手段じゃない)

奇妙な感じをされるかもしれないが、誰かが持ってるブランド品を次から次へと際限なく欲しがったり、トレンドリーダーになりたがったりするのは、他者に対して、あたかもそれが自己の優位性の証だと言わんばかりの虚栄心、また、幼少期から積み重なれた潜在的な孤独感から逃れるための防衛本能からくるもので、イジメの心理的な構造が、大人になってもスライドしている現れ。

足が遅いのに、早く走りたいと思えば劣等感を抱く。遊びたいのに良い成績を取れば「親が喜ぶ」と、自分の本当にやりたいことが、他人を喜ばせることになってしまう。自己実現に「他人が必要」な他人依存の状態だ。

それがひとたび満たされないと知るやいなや、途端に他人を妬み羨み陥れ、足を引っ張り不幸を願うようになる。

これは、実はその者自身が自己にかけている、一生解けない呪いなのだ。

自分に欠けているものを「すなおに受け入れる。」ための教育をする。

それは教科書や参考書を与えても、決して培われない。


泥んこ遊びをすることから学べるんだ。
posted by とっち at 21:49| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

戦国時代

うつ病になった! 会社はどこまで助けてくれるのか
view_news.pl?id=1383751&media_id=10


近代の戦時中や戦国時代など、戦いによって自らの命が奪われんとする世で、

自殺した人は殆ど居ないと言われる。


戦時中の捕虜、屈辱を避けるために痛ましくも命を絶った方々はいらしたが、

現代のように、死にたくて死ぬ人は居なかった、と言われる。


生物としての仕組みなのか、と、思うよ。


生きるためには、とってもエネルギーを使う。


受け売り(引用:内田樹氏)でもよく思うのは、

自らの命を絶つ人は、死んだ後のことが想像できない人です。

自殺は美化できるものでは無いよ。


小説や文庫本を読むとき、

私たちがその本を手に取る動機は、

読み終わった時の、「自分の姿を思い浮かべられるから」、です。


その、現世での終焉を想像できる人は、

自らの命を積極的に絶とうとはしません。

当然、他人の命を奪おうともしない。



死にたくなるくらい苦しいなら、

そんなに早く死んじまいたいなら、

僕に下さい、その時間。

蔵王のね、雪原、ってほどの広がりはないけど、

夜更けに降った真っ白な雪で覆われた地面に、朝方から寝っころぶんです。

だんだんと寒くなってきて、カラスがたまに頭の上を飛んで。。。

昼になってもそのまま動かず。。。

腹が減ったな、なんて考えながら。。。

途中、雪が降ったりして、

「あ、今日は一日晴れ続きのはずなのに」なんて、

ちょっと気持ちが揺らいだりして。。。

午後の4時も過ぎるとね、風も強くなったりするし、

日も暮れるんです。


そうするとな、

「生きて帰ろう」

そう思うんだよ。

簡単だろ。

死ぬより簡単だ。

やってみろ。
posted by とっち at 21:39| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月24日

もう駄目だと言ったとき

正解は「妹を殺す」小学校で不適切なクイズ
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1383689&media_id=88


えぇ〜っと、・・・続きますね。

もう一回、同じこと、書きましょう(コピペですが)

あぁ、そうっか!教師ネタ用に、テンプレ作っておけば良いのかな?

。。。


相次いだ少年の連続殺傷事件や、満たされない境遇への苛立ちからの

無差別殺傷事件、警官や教師の起こす不祥事・・・。


極論、神さまだらかといって罪を犯さないとは限らない、と思っていますが、
(神の啓示でさえも、人によって受け取り方は様々ありますでしょ?そこのことね。)

あらゆることろで、精神の充実をなおざりにしてきたことに、

歪みの原因の一つはあるのだろうと思います。


教育者、教師を再教育しなければならない機関が必要な時点で、

日本の「教師」には、自動車運転でいうところの

初心者マーク以上の免罪符が必要な世の中です。

技術能力は経験で積まれると思いますし、それはそれで必要だと思います。


子育てをする親も同様ですが、児童・生徒の成長と共に、

教師も成長するとは思っています。

最初からプロの教師は居ませんし、知識が豊富で頭が良いのと、

教育者として、人を育てられる能力があるか、は、別です。


大人も、子育てをしながら親になってゆくのであり、

10人の子沢山家庭でも、10人目の子育ては、

初めての経験であるはずです。ベテラン、なんていうものは、

自己陶酔のオゴリにしか過ぎません。


一般企業でも、入社一年目二年目三年目と、

その企業での立ち振る舞い方や、取引先との応対能力を

身に着けていって社会人となってゆくと思います。


ただ、

ただですよ、


一般会社員であろうが、団体職員であろうが、宗教家であろうが、

公務員であろうが、警察官であろうが、検察官であろうが、消防吏員であろうが、

父親であろうが、母親であろうが、女であろうが、男であろうが、


たとえ話であっても、

「男に会うため妹を殺す」を、ゲーム(試験)の問題にしようとする資質は、

到底、受け入れられないのでは、と、思いますよ、わたしは。


企業の何かのプレゼンで、平社員が

「誰が部長を殺したか」なんて、シミュレーションを作ったら、

間違いなくプレゼン前にストップが掛かるでしょ?


プレゼンを行なう前に、その者の上司のチェック、

主任や係長、課長心得や部長代理の「承認」を経ないと、表には出ないでしょう。

そして、上司が、先輩が、「それではいけない」と、教育するわけです。

・・・クビになることもあるでしょうけど。

学校には「学年主任」などの職位があるようですが・・・。


教師だから、「立派で先に生きている人格者」なんていう、

ありもしない虚像と自分を重ね合わせるのは、とっても危険です。


学校を聖域のように扱うのは、あまり良い感じを受けません。

卒業後の生徒・児童を待っている世界は、プロの世界なのですから、

その世界に背を向けて、アマチュアな世界を守ることに腐心していては、

いつまでも、「信じられない」世の中が続いて行くと思います。

。。。

と続きましたね。

私が入院患者で世間から隔離されていると思って馬鹿にしてるんじゃないだろうな!(笑)

※入院は交通事故によるものです、あしからず。
posted by とっち at 22:00| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月23日

アドレナリン治療

アドレナリンとは、体内の副腎髄質から分泌されるホルモンで、感情的に興奮したストレス状態になると分泌されます。

脳内麻薬、なんて言われ方もしますが、闘争か逃避の行動、例えば大勢の観客を前に講演したり、テストの結果が悪くて親に叱られやしまいかと思って、ドキドキしている状態では、たくさん分泌されています。自然界では、捕食者(ライオンやトラ)が獲物の抵抗にも屈しないパワー、獲物のほうは捕食される際の痛みを感じないようにするために分泌されます。(細かい突っ込みは別でネ)

アドレナリンが多量に放出されているときは、体のどこかをぶつけたり切ったりしても気付かなかったりします。倒壊家屋の下敷きになってしまい腕を骨折しているにも関わらず、家族を片腕で救出した、なんて驚きのパワーも見せてくれます。また、アドレナリンは医薬品として心臓が止まってしまった方の蘇生にも使われます。


おっかなビックリではありますが、私も退院に向けてそろそろリハビリを始めなければと思っています。

トイレなどは難なく済ませられますが、洗顔や段差の昇降は中々、腰椎の挫傷部分にチクチクと電気が走ったような傷みがあります。前屈みはまだ出来ません(汗)

昨晩は、寝入りの好機を逸してしまい(実況はTwitter:zaoshugenかmixi:峠茶屋で)、いっそのことと自分を奮い立たせようと、和太鼓「志多ら」さんのCDを聴いてしまい、アドレナリン放出全開で、お目目パッチリ、爛々として寝れなくなってしまいました。(普段はよく、「開いてんだか閉じてんだかわかんない目」なんていわれますが(笑))



案外元気で毎度御見舞いに来て下さる方々の期待(笑)を裏切ってしまっていますが、和太鼓「志多ら」さんの講演も彫刻の実演も、わたしにとって、わたしが感じるに、見ている人、聴いている人々の、心の中に、きっと激しく揺さぶられる何かを芽生えさせると思います。


きっと変わる。変えさせる力がある。私はそう思います。和太鼓「志多ら」さんのホームページに掲載されている中学生が寄せた感想文「・・・楽しみをかんじてはいなかった・・・鳥肌がたった(演奏が始まって間もないのに)感動した・・・」

皆さん、日常の生活で、鳥肌が立つほど感動すること、って、ありますか?
わたしが言っている「力(ちから)」とは、このことです。何かがキモチワルすぎて立つ鳥肌ではありませんよ(笑)

ニヤニヤたらたらした生活をしていると、アドレナリンの分泌に脳が対応しきれず、ちょっとの外部刺激に際して異常な反応、つまり「キレやすい子」になります。生活の中で、たくさんの良い刺激(これもストレス)を受けて過ごすのは、脳機能、感情をコントロールするのに役立ち、たくさんの悪い刺激(これもストレス)受けて過ごしてしまうと、歯止めの掛からない暴走する脳を作り出してしまいます。

あなた、笑顔は本物ですか?

あなたの家族、本当の笑顔を貴方に見せていますか?

今日は福島の「NTTドコモあだたらの森」で自然環境保護活動のイベント。無事に盛況となりますよう、願ってます。みんな、わたしの魂も連れて頑張ってq(^-^q)


追伸

志多らの皆さま、ライブで拝見するのが一番、と思いますが、遠方からお招きするには中々難しいところも御座います。支援があれば出来るのですが(汗)

福祉施設や介護施設で、大きなスクリーンに映し出しすライブDVDの上映会。。。あたし、やりたいんですよ。
posted by とっち at 08:08| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月20日

得るもの、失うもの

またまた妙チクリンなことを言い出した、なぁ〜んて言わなさんな(笑)。ほぼ毎日ご訪問頂いているあなた様へ、「得るもの、失うもの」について、記事を書きたいと思います。


「得るもの、失うもの」と言いますと、貴方はどんなものをそれぞれに思い浮かべますか?

そうですね、先ずは「お金」について、始めましょうか(笑)

働いて時間を(勿論労力も)提供することによってお給料がもらえるわけですが、ある意味、自分の時間を失うことによって、お金が得られることに言い換えられます。

働く人は、時間を失い、お金を得る。勿論、働くことの悦びやスキル、経験値といったお金で買えない財産も得ていますが、話の流れが作れないので、そのあたりはスルーして下さいね。

買う側(雇う側)は、自分の時間を使わない(得る)代わりに、お金を失います。手元にお金は無くなりますが、商品や成果物は得られます。スーパーマーケットで買い物をするのも同じです。雇用に関して言えば、労働者を雇うことで、会社は一人の力量では出来ない生産力で、給与の何倍もの利益が得られます。

少し、慣れましたか?(笑)
天秤の両端にあるようなイメージを持って下さいね(笑)

質感は違いますが、ボールペンや鉛筆の芯は、文字や絵を残す代わりに減ってしまいます。

地球の資源、例えば石油を使うことによって便利さを得られますが、資源そのものや健康的な環境を失ってしまいます。


なんだか、「代償」という言葉が、合うような感じさえしてきます。


自分が出来ないことをやってもらう、そのことの交換、といってはなんですが、エネルギー普遍の原則、につながるような、一体の物を感じます。


地球の地下資源を全て使い果たしても、宇宙に浮かぶ地球の重さは変わりません。大干魃で海洋までもが干上がっても、地球の重さは変わらないのです。



さてと、これまでの内容で足りているかは分かりませんが、ここまでは事供、目で見て触れられるものでした。次は理供、見たり触れたり出来ない部分について、話をします。



「お金」と言いますと、よく「金持ちは人間の心を失う」、などと言うのもあります。全ての人がそうとは限りませんが、人の感情を逆撫でしたり、持ち物を自慢して、周囲が滑稽に思ったり失笑しているのに、自分は人気者だと勘違いする方も居られます。

物質的には豊かでも、精神的には非常に貧しい状態ですが、これもちゃんとバランスがとれています。

裸の王様は、国王の地位を得ていますが、国一番の痛々しい人です。


さてと。

今、私は病院のベッドの上から携帯電話を使ってこの記事を書いています。

昨日から大部屋に移り、昨晩は投薬の効き目もあって寝れたのですが、今晩は寝るタイミングを逸してしまい・・(笑)寝れなくなってしまいました。

明日は大事な会議の予定、またその後は週末土曜日のイベントに向けてジイジ・バアバ・ベイビドコモダケも作らねばなりませんでした(汗)


事象というのは立ち位置を変えてみると、いろんな理象が思い描けるものです。
もし、私が追突した側だったなら。。。

相手が死ぬような事故にならずに済ませ、助けて下さったと感謝します。巻き添えも出さずに今いることに感謝します。これまでの考え方、物事の捉え方を改め、やりなおすチャンスをいただけたことに感謝します。


やり直すチャンスを頂けないのは、これ以上に不幸なことはありません。そのチャンスを知りながら逃すのも人生にとって大変な損失です。

追突された私が今、思っているのは、

彼が、ほかの誰かを傷つける前に、私に出合い仕合わせて下さいましたことに感謝しています。

そして私にも、気付きを与えて下さいましたことに感謝します。ありがとうございます。

普通には成りがたく得難いものだから、

「有り難う」と書くのです。

口で理想や教訓を語るのは、誰でもできます。


まして、本心を曇りで覆い隠し、良い人ぶって社交的な振る舞いをし、偽善者になることほど簡単な道はありません。


「希望とは、困難を克服した者の背中にみえるコトバ」



彼は飲酒運転をしていました。30kmに渡って私を追い回し、最後は私の車に追突して停車。

果たして、彼は私に何を望み、何を得て、何を失ったのでしょうか。

そして、私も何を得て何を失ったのでしょうか。

もう一度、ハンドルを握る機会を授かったら、事故を教訓に、模範となれるように頑張ってもらいたい。


宮城県では、数年前に、明け方まで国分町で飲酒していたドライバーが、通学途中の高校生の列に突っ込み、多数の死傷者を出しています。

どんなことでも、過ちを犯してしまっても、繰り返さない勇気を持ってください。

そう誓って、自戒精進、正直に生きましょう。


そしてもうひとつ。

面白おかしく話す貴方は、何を得て、何を失っていますか( ̄∇+ ̄)


得るもの、失うもの。

自分が幸せになりたいと思ったら、他人の幸せを一番に願いなさい。

他人に向けた三毒は、自分への呪いとなって必ず還ってきますからね。

内田樹さんの「邪悪なものの鎮めかた」は、自らの心に巣くい、人間である限り消えることの無い夜叉を鎮める知恵が書かれています。

あぁ、そうそう、言い忘れたことが。

神社ではお賽銭、お寺さんでは浄財として御参りの際に御布施をしますが、あれもある意味、「得るもの、失うもの」です。

要するに、神仏さまも勝手都合の良いことは、聞き入れて下さらない、ということ。地獄の沙汰も金次第、とは、金で便宜を図ってもらおう、というのではなく、願い事の代償として、傷み(苦行)や欲を捨てることを表していると、私は考えます。お百度参りや鳥居建立の寄金もそうですね。その心構えが普段の生活に出るから、福しい方は益々福しく、そうでない方は益々三毒に冒されて苦しみ生かねばならなくなるのです。

不幸だから神頼みして助かろう、じゃなくって、不信心だから心底からの幸せにはなれなかったのですよ。
posted by とっち at 00:26| Comment(4) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月15日

三毒

先日mixiに書いたことなのですが、書き加えて再度ここでも記そうと思います。

三毒


▼ 2010/10/13 10:40
エレベーターホールにプラスチックゴミの入った袋が置かれて、もう1週間になります。

我が家は築30年にもなろうかという古いマンション。上下左右を他人さまに囲まれた環境の中で子ども3人、それに私のこの性格で御迷惑をおかけしております。

このマンション、市街地中心部に近いせいか住民の8割は転勤族。数年で入れ替わっていくので、人付き合いも一部の方々となりがちです。

今朝も部屋を出てエレベーターで1階に降りると、ゲートが開くなり目の前にゴミ袋。清掃局の職員さんが貼り付けた排出ルールの記載されたビラ&回収できませんシール。それに加えて当マンションの管理人さんが殴り書きで記した注意書きの貼紙・・・。

いそいそと管理室へ行き・・・

「あのゴミ袋、もう1週間になりますね。管理人さんは見せしめののためにああしていらっしゃると思いますが、問題は解決されませんよ。かえって他の住民は不愉快ではないでしょうか。」と。すぐ片付けます、との返答。

駐車場で車に乗り込むときになって、法螺を忘れたことに気づきました。

再びエレベーターホールへ・・・・。まだゴミ袋はあります。

部屋へ戻り、法螺を手にして1階へ降りてくると、ゴミ袋は片付けられていました。


・・・管理人さんは、さぞ面白くなかったでしょうね。排出ルールを守らない人のために、尻拭いをしてやっているのに、私から注意をされたのですから。憤りを感じられたでしょう。


さて。

ここで昨日の人生相談をお話します。

御相談者は、お二人の娘さんを持つお父さん。放課後保育(学校や幼稚園が終わった後も子どもを預かるサークルのようなもの)に通う次女が、イジメにあっていると。

気づいた発端は、お友だちのママから虐められているよ、という知らせ。

お父さんは次女に問いただしたそうですが、次女はイジメられてはいないと応えるばかりです。


しばらくしてから一緒にお風呂に入ったとき、次女のお腹や足に、殴られたり蹴られたりしたときに出来るアザを見つけ、再び問いただすも、次女は転んでできたものと応えるばかり。

お父さんは奥さんと共に、たまらずサークルの代表と面談することにしました。

サークルの代表は、日ごろの次女の生活の様子を話すばかりです。

話しが終わりになったとき、

このお父さんは、「何かいい忘れたことは在りませんか?」と、尋ねたそうです。


話しはここで終わりませんでした。

お父さんは、次女の、仇をとる方法は無いか?と、相談してきたのです。


・・・


さて。

さてさて、問題は、実は家庭内にあります。

1.次女が、お父さんにもお母さんにも、相談できない「何か」が御家庭にあります。

2.お父さんが代表とアポイントを取って会いに行ったにもかかわらず、最後の最後に「何かいい忘れたことは在りませんか?」という、いやらしい質問の仕方、まるで鬼の首を取ったような傲慢さがあります。用件を隠して、会いに行ったのです。

3.次女は、お父さんにもお母さんにも、「いじめられっ子=悪い子」であることを知られたくない心理を懐いています。両親を信じていません。それは、「2.」のいやらしさに繋がることを次女にしているからです。



耳が痛いですね、悲しいですね、受け入れられますか?

悪い原因は、お父さん、家庭内にあったのです。


自分の娘が、貴方に本当のことを言えずにいるのに、何をしてサークルの代表を責められるのでしょうか。



さて。


何の話しでしたっけ。


あぁあぁ、

「人間は、他人の不幸は喉から手が出るほど欲しくなります。

でも、自分が不幸になりたくは無いものです。」



すべては懺悔してからはじめましょう。

「またやり直しになった」、ではありません。

「もう一度やり直せるんだ」
 
そう思いましょう。

posted by とっち at 16:58| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月13日

良い子

自分のお子さんを評価するのに、他人の意見が関与していませんか?
(「評価」という言葉は少し事務的過ぎる表現ですが御勘弁を)


イジメられていること、お子さんは貴方に、相談できていますか?

お子さんは、「イジメられっこ=悪い子」と考え、親の前では良い子でいようとします。


貴方は、お子さんに、「良い子」でいることを強制していませんか?

自分の思いを押し付けてはいませんか?それは、貴方がしたいことではないのですか?


その思いは、家族では無い誰かの目に映る「貴方自身の世間体」ではありませんか?


「良い親」を演じていませんか?


「良い子」と「素直な子」は、別です。

もし、貴方のお子さんが「良い子」を演じているならば、

素直なお子さんでいられるように、育ててあげてください。


他人さまの目に、奇妙に映っているのでは?と、

貴方が気にされるのでしたら、


貴方のお子さんでしょ?

素直なお子さんを擁護し、胸を張って

守ってあげるのが、親の役目ではないでしょうか。


その、家族では無い他人様の目を気にされる姿が子どもの目に映り、

家族でありながら、

他人以上の「裏切り」を感じさせてしまうのです。


勉強が他の子より・・・

運動が他の子より・・・

体格が他の子より・・・


すべての問題は、親である貴方に原因があります。

厳しい言い方ですみません。


でも、このことをしっかりと受け入れられたら、

すべてがうまく行くようになります。


お子さんを信じていないのは、

他の誰でもない、

貴方なのです。
 
posted by とっち at 23:52| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年10月10日

十一面観世音菩薩

十一面供

日暮より連日自坊で本山御本尊の十一面観世音菩薩の護摩祈祷。

湿度が高いので御線香も油断していると消えてしまいそうになります。

posted by とっち at 23:41| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

何をせずとも日は暮れる

大畑笑楽交

何をせずとも日は暮れる

人生はうたかた

やりたいことは山の如し

団十郎
posted by とっち at 23:29| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月28日

蔵王に響け轟け法螺の調べ

蔵王に轟く法螺貝の調

 最近は頻繁に現れるようになったツキノワグマ。山の中ですから街中よりも遭遇する確立は高いわけです。

法螺はもともと御釈迦さまの説法で、耳にした人々の除魔招福に使われる修験道行者(山伏)の法具です。また、山中で行き来する際、遠く離れた仲間との交信に使ったり、熊などの危険な動物から身を守るためにも使われます。いわば携帯通信機といったところでしょうか。

なかなか練習するにも場所が・・・ね(笑)

先達さまの法螺の調が、森の楽園の渓谷に響き渡っております。

どうぞお立ち寄りくださいませ。

あ、山伏問答は不要です(笑)。
ラベル:法螺貝 練習場所
posted by とっち at 00:53| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月27日

志村ぁ〜っ!後ろぉ〜!

志村ぁ〜っ!後ろぉ〜!

 油断していると、後ろでこんなことをやってますよ(笑)

“志村ぁ〜っ!後ろぉ〜!”って感じです(笑)

しばらく作務のお手伝いに、お通いいただいています。今日は護摩祈祷に使う護摩木の薪割りをお手伝いいただいています。

これも御縁。

何も御座いませんが、何かを見つけてくださることでしょう。

どうぞ、お越しください。ここ、森の楽園へ。

どうぞ、訪ねていらっしゃい。

何もありませんが、何か必要なものが見つかるはずです(笑)
 
posted by とっち at 21:51| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月11日

念珠

本水晶108玉の腕念珠、ブレスレットじゃぁありません。

 皆さん、まだ手元にお持ちでいらっしゃいますか?あの冊子。その中に、“木を1000本伐れば、人を一人殺したのと同じ”という一節が出てきます。

庭の造園や居久根処理なんぞやをやっていると、“仕返し”、なんてことはないのでしょうけど、払ったはずの枝に頬をビシッと叩かれたり、思わぬことが原因でヒヤッとすることはよくあることでしょう。(ヒヤリハット事例)

“1000本伐れば・・・”というのは、もちろん、命のある樹をそれだけ伐るわけですから、畏敬の念を持っていなければならないという教えでもありますし、“慣れ”への警鐘でもあるわけです。

少し話しはそれますが、山形の出身であります僕は“大将軍の三年塞がり”を固く守っています。大将軍のいらっしゃる方位、特に土を掘り起こしたりする外構工事などは厳禁。陰陽道の方位神である宵の明星太白金曜星、魔王天王の大鬼神である大将軍にひとたび触れば・・・。しかしながら仕事上避けられないことも多いですね。

樹に手をかける前に、塩と酒で御清めと供養をして作業の安全を祈念します。水晶は邪気を祓って浄化するとも云われています。この腕念珠は、宗門の宗家が護摩の炎で清め御一人御一人の願意を篭めて開眼されたものです。

作業に入る前はその修法の際のことを思い出し、意識することで良い自己暗示にもなるわけです。おしゃれで身に着けているわけじゃなかったんですよ(笑)
 
posted by とっち at 07:52| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月22日

五態不満足

生まれに不満

家庭に不満

会社に不満

社会に不満

そんな人は、自分に欲求不満です。


あなたが認めたくないものは何ですか?

どんなに辛くても、それを認めれば道は開けます。


憎しみは伝染する。

ところがさらに不幸なことに、

そうした人は同じ価値観の人と接する。

時には集団を作る。

だからいつになっても幸せにはなれない。



 
加藤諦三氏
posted by とっち at 23:52| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月14日

風の又三郎

風の又三郎

 藪を突いて蛇を出したり、竈に栗を放り込んだり、男の子は危ないことが大好きです。

命が軽んじられる現代に死に対する道徳観。物語で1人も殺すことなく正と死を考えさせる宮沢賢治の名作「風の又三郎」に、金八先生が一つの解釈をあたえます。

これから水の事故が増える季節です。

わが子だけでなく、水辺で遊ぶ子、橋の欄干にいる子を見かけたら、積極的に声を掛けましょう。

さて・・・金八先生の「風の又三郎」を観ましょうか。
posted by とっち at 22:11| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月07日

定義如来西方寺

定義山五重塔

 昨日の大道芸で不完全燃焼だったAYAちゃんを連れ立って、定義如来西方寺へ。

定義如来西方寺
http://www.johgi.or.jp/

これも仏縁、定義如来西方寺の御本尊御開帳は毎月7日と。御本尊は阿弥陀如来さまです。

資料館“玉手箱”の3Dムービーに出てきたケヤキを探して、ぶ〜らぶら。“連理の樹”としてありました、ありました(^^)。

連理の樹


作並街道から大倉ダムを横切って10数キロ。山奥でありながら、広々と抜ける青空は異空間を思わせます。
posted by とっち at 22:59| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月31日

峰中修行

峰中修行の御利益を(笑)

 久しぶりに会った感の家族の笑顔。時間軸から切り離された、何も持たない“自分”、剥き身の自分と向き合う旅でありました。

何かをしてきた自分、そんなことなんて、何の意味も持たない世界。世俗とは切り離された世界へ行き、生きてまた戻ってまいりました。

生かされている自分、他人様の御陰様で生かさせて頂いている自分。帰峰まで、心持ちを忘れずに持戒精進してまります。

皆さまの御厚情、全身で受け止めさせていただきました。

ありがとうございます。
ラベル:山伏 修験道 行者
posted by とっち at 21:00| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月17日

“邪悪なものの鎮め方”と金八先生

内田樹先生の著書からのピックアップしたお話し。文化放送の武田鉄矢・今朝の三枚おろしより。文化放送さんのインターネットラジオでは、前週1週間分を聴けます。アーカイブは・・・(*^^*;)エヘッ。シリーズは保存ですね。

“邪悪なものの鎮め方”を金八先生が3週にわたって解りやすく解説されていました。

人が困難、苦境、苦痛な状況に立たされたとき、強力な支えとなり解決へと導く方法が見えてくると思います。


邪悪なものの鎮め方

どうしらたよいか解らないときに、主人公が正しい選択をすることで生き延びれる方法がある。

歴史的人物や物語の主人公が邪悪なものに遭遇した際、生き延びる要点は、

礼儀正しさ・オープンマインド・物事を敏感に感じる身体感度の高さ、の3つによって退け、生き延びられると。


邪悪なものとは一体何か。


今の社会では、他者が何かを失うことに喜びとする人間が、異様な速度で増殖している。

自分のパフォーマンスを上げるより、他者のパフォーマンスを下げるほうが、生き残る可能性が高い“立場と職種”がある。
・・・続きを読む
posted by とっち at 20:14| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月15日

峰中修行

甑嶽峰中柴灯護摩

 だいぶ日も押し迫ってきております峰行。
posted by とっち at 19:19| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月11日

ご同行願います

配達車中

 自分の血となり肉となるものへの感謝を持って、心を育てる。自分が、どうして生きているのかを学ぶ。本には載っていないことを学ぶ。

お客さまに自分の労を求めていただいて、初めて手にできる糧。ひと様に生かされていることを知る。

報恩感謝、ありがとうございます。

おかげさまで、この子たち、私の家族を養うことが叶います。

そして、この子たち、今日は貴方様のおかげで、自分が暮らせて居られるのだと、学ぶことができました。

貴方様は笑顔でいらっしゃいました。

私のやっていることが、ひと様から笑顔もいただけることだと、子どもたちへ見せることができました。

私の子どもたちは幸せです。貴方様の笑顔もいただけました。

ひと様が、自分たち、私たち家族を生かしてくださっていると学べました。

ありがとうございます。

そして、私の子どもたちは、貴方様のお幸せ、ひと様の幸せを願える心を持てました。こうして仕合せを重ねるたびに、見返りを求めずとも、ひと様の幸せを願える人間になれるでしょう。

ありがとうございます。私の子どもを育ててくださいます。

これからも私は子どもたちに、人としての責任、子どもの将来への責任を持って接して行きたいと思います。

感謝感謝。ありがとうございます。
posted by とっち at 11:18| Comment(2) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月09日

電話が来ましたよ。

配達途中で掛かってきた今日の電話。

フクロウが大好きで、木が大好きだ、という男性。

お店で僕の作品を見たんだけど、という流れで。


ア・ン・ナ漫画みたいのじゃなくって、写実的なフクロウは彫れないの?”と仰る。

僕の作風ですから、と返した。

“私はフクロウが好きなので、写実的なものじゃないと”と仰る。

絵でも彫刻でも作者の作風があるのではないですか?この電話は何か、クレームなのですか?、と返した。

“そんなつもりはないですよ、無理なんですね、彫れないんですね”と仰る。

僕の作風を気に入られた方は御求め頂いていますし、合わない方へ無理に押し売りの真似はしません、と返した。

“気分を害するつもりはないんだけど、私は木が好きなので、もっと木目を生かした彫りかたはできないのか?”と仰る。

田舎の御土産屋の技量でやっていますので、それでも良いと、僕が彫った作品で良いと言ってくださる方には、お持ちいただいていますと、返した。

“ほぉ〜、無理なんだ”と仰る。



こんなことを話ししていて、何の徳を積めるのでしょう。

田舎の雑魚な土産屋を相手に・・・。


人の世は、どなた様にも常に肯であります。僕に限ってこのようなことが起きるものではありません。ただ、こうして露にするか否かだけでございます。

今日のこと、電話を掛けてきた御仁の憂さが晴れるのであれば、それも良いかもしれませんが、憂さが積もりますのは、そのお心もちが先でございますよ。そうだからこそ、憂さがどんどん積もるのでございます。

かくいう僕も、痛いところを突かれたからこそ、こころ穏やかでは居られずに居たのでしょう(苦笑い)。でも、夜のうちにはこうして心は平らに戻して居ります。そもそも気にならずに居られるように、また精進してまいります。

藤本義一さんの講演をまた、思い出します。

意(こころ)の反する口(言葉)には全く摂理を伴いませんから、この癖のある方には近寄らん方が賢明ですな。虚しい口は重ね重ねて嘘を呼び、真実から遠のくばかりです。

心と口と意とを、出来る限りお天道様に照らして頂きながら、すごして参ります。
ラベル:人生相談
posted by とっち at 19:28| Comment(2) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする



石巻ボランティア活動
より大きな地図で 災害救援 森の楽園 活動地図 を表示