2010年05月17日

“邪悪なものの鎮め方”と金八先生

内田樹先生の著書からのピックアップしたお話し。文化放送の武田鉄矢・今朝の三枚おろしより。文化放送さんのインターネットラジオでは、前週1週間分を聴けます。アーカイブは・・・(*^^*;)エヘッ。シリーズは保存ですね。

“邪悪なものの鎮め方”を金八先生が3週にわたって解りやすく解説されていました。

人が困難、苦境、苦痛な状況に立たされたとき、強力な支えとなり解決へと導く方法が見えてくると思います。


邪悪なものの鎮め方

どうしらたよいか解らないときに、主人公が正しい選択をすることで生き延びれる方法がある。

歴史的人物や物語の主人公が邪悪なものに遭遇した際、生き延びる要点は、

礼儀正しさ・オープンマインド・物事を敏感に感じる身体感度の高さ、の3つによって退け、生き延びられると。


邪悪なものとは一体何か。


今の社会では、他者が何かを失うことに喜びとする人間が、異様な速度で増殖している。

自分のパフォーマンスを上げるより、他者のパフォーマンスを下げるほうが、生き残る可能性が高い“立場と職種”がある。
 
競争社会において、彼らは自分たちが権限を行使する領域では、人々を怯えさせ萎縮させ卑屈にするアイデアしか思いつかない。これが呪い。


批評は常に呪いの文法で語られ、批評性は呪いに取り憑かれるリスクを負う。

一番に気を付けなければならないのは、その呪いの文法を使っているうちに自分へ呪いが掛かってくるので、常に祓う必要があると。

精神に歪さが生じてくる前駆症状が、こだわり・プライド・被害者意識。

病的な想念は一点に固着して動かず、可動域が狭くてブレが無いもの。健全な想念は、適度に揺らぐもの。

例えば、“貴方の発言にはブレがある!”と言う想念、それ自体が邪悪なものに取り憑かれている状態と。“あの時、あなたはこう言ったじゃないか!”と。


邪悪なものに取り憑かれやすい人というのは、自分の不幸をものすごく詳しく説明できる人です。

被害者意識とは、弱者である自分の不幸不運が、どのような手段を持っても救済されない、ということを願うようになる。

どのような手立てによっても癒されることのない深い傷を負っているという宣言は、確かに周囲の同情を買い、容疑者への様々な権利回復要求を正当化するであろう。

しかし、相対化された優位性は、“私は永遠に苦しむであろう”という自己呪縛の代償によって獲得できる。

それは絶対に解けない、周囲をも巻き込んだ自分への呪いをかけること、です。

貴方の犯した罪は永遠に私を苦しめる、と言った瞬間、その時の同情を一身に独占することはできるが、そうすると、“自分は永遠に救われてはいけない”という、請願をたてたことになるのです。その人の存在は、“可愛そう”と同情を受けているうちは存在できるが、そうでなくなった時点で、存在する意味が無くなってしまう。


自分のような人間が世間にあまり存在しないことによって利益を得ている人は、自分のような人間が余り増えないことを願うようになる。

そしていずれ、自分のような人間が1人も居なくなることを利益独占のために願うようになる。

しかし、これは自分自身の消滅を求める、誰にも解くことのできない呪いをかけることになる。

自分のような人間ばかりになったら利益を得ることが出来ず、住みにくい世の中になってしまうからである。

世にある多くの呪法の中で、自らにかけた呪いは、他人には絶対に解けない、最も恐ろしい呪いになる。


生きることは、どうして良いかわからない状態で最高の答えを見つけることの連続。

現代人は、利益をもたらすものへの嗅覚が敏感になるほど、危険をもたらすものへの嗅覚が鈍感になっている。

水戸黄門で庭仕事をしているボロ服の老人を酷していたら、実は黄門様だった、なんてことになります。


世の中には、はっきりと“邪悪だ”、という人が居る。常に人の言動が気になり、指摘し続けるのです。常に誰かを呪い続けている邪悪な人です。


勉強時間に比例して成績が伸びるのは、成績が悪いうちだけである。知的パフォーマンスの向上とは、情報を増やすことではなく、情報化を高度化すること。

プリコルール、まだ体験していない体験のために、着々と集めることのできる能力が、知的パフォーマンスの様態なのである。


“邪悪なものの鎮め方”は、次第に邪悪なものの鎮め方へを説いて行きます。


つまずき失敗とは、己の未熟さの程を知り、本業で失敗しないための練習である。

失敗を繰り返すことで、その人のパフォーマンスをあげることになってゆく。仕事で失敗しないために、趣味を持ち失敗しても良いことで失敗を続ける。とても必要な失敗。


自殺サイトに応募して、ゲームのように死んで行く人たちのこと。

普段、私たちは推理小説を読むときに、読み終えた時の自分を想像しながら読みふける。

死んで行くその人たちは、人生を読み終えたときの自分を想像できない人たち。


思い出します。困難に立ち塞がれた時に励ましてくれるのは、過去に頑張った自分だけだ、という言葉。

未来の自分への責任で、今の自分を生かすのですね。生きてゆく自分を支えているのは、死んだ後の自分です。

人は知らないことには理由が必要。得体の知れないものに名前や理由が必要になる。その名前や理由が見つけられないと、途端に不安となり呪いの世界へと堕ちてゆくのです。

堕ちるなよ。堕ちなくとも良いことで、堕ちてはいけない。自らの不幸を望んでいては、楽しくないではないか。


ここらでシモの話しになるのですが、蜜月の際、現実には唇や頬やシーツを見ている筈なのに、思い出すのは自分と妻の両方が映っている視座である不思議。

反復ルーティンとは、生きていながら死んでいる状態で最大の快を得られる境界。

快とは欲望が消滅する瞬間で、死ぬことは生物が得られる至上の快感である。

生物が死を恐れるのは、1度死ぬと2度と死ねない、快を得られないからである。


現代霊性論を少しはさみます。


日本の代表するお金持ちが住むビルヂィングのオーナーは、なぜ御祓いをしないのだろう。

逮捕者が続出し、子供を巻き込む死亡事故が起きたビルヂィングは、御宮さんを持っていないのだそうで。


“霊”が、どうのこうの、ではなく、霊の行方、霊があろうが無かろうが、あたかもその場にあるかのように振舞うことが、“霊”に振り回されない唯一の方法。


確かにどこにでもあるのです。ビルの屋上、天辺には御稲荷さんが祭られている。デパートの屋上にもよくある。

科学最先端の原子力発電所の地鎮祭でも、御祓いをするでしょう。

そういうところに、“霊は住んでいる”、ということです。

科学的に立証するとかしないとか、そういう問題ではないことを知っているから、科学の粋の原子力発電所を建設するときでも、地鎮祭を執り行い、神仏に安全を祈念するのです。

僕の思っているところは、“整っている方”の多くが、自宅や会社に神棚を祀り、正月は寺社へと出向いて一年の祈念を行うということ。

“礼”を知っている、というところです。そして上辺ではなく信念を持っていることです。自己暗示して、自分の心と立ち振る舞いを良い意味で“マインドコントロール”している。強く願えば願いは叶う、と一様に仰る。


その精神と神経のつながりが立証される、人間の脳の中にある“ミラーニューロン”。目で観た人の動きと同じ動きをする働きを持つ脳内の神経細胞。

脳梗塞で倒れた栗本慎一郎さん。リハビリで鏡を使って脳を騙し、麻痺した腕が動かせるようになりました。

人気のあるスポーツマンは、他人の中に視覚から入って“発花させる能力”を持っています。

アイススケートでジャンプの瞬間、視聴者のほうも一緒にジャンプしたり汗ばんだりする。


自分の欲望に忠実な人は、自分の欲望で快感が得られない。

常に、他者が必要となる。またシモの話しですが、・・・鏡で自分を見ながら、・・・出来ないでしょう?(笑)


何もかにも気に入らないと叫ぶ人は、その望みを永遠に実現することは不可能です。自分にとって気持ちの良い場所を狭くても作れる人でなければ全体を変えられない。

愚痴ばっかり言っている人の、絶対に言う事を聞いてはいけない。


日本辺境論


アメリカン資本モデルは、体力のあるところは残り、無いところは死ね、というLIFE OR DIE。

しかし、自分のパンを減らす、ということ、動物界の基本を、日本人には、できるのです。昔はできた、というべきか。

東京タワーが建つ前のころ、日本は極貧でしたが、幸せであった。


一度上げた生活レベルは下げれない、という裏づけの無い妄想を懐いてはいけない。

収入で賄える生活をする。それが基本である。

在りものを使いのばし、在りもので要るものを作り直して備えるのである。

山の枝打ちを生業としている人は、現金の収入が殆んど無くても生活できる。確かに。里のものを買う以外、農家を手伝えば米も野菜も分けてもらえる。

富は偏在していて、世界人口の1%の資産家が全世界の40%を所有している。

日本は最も豊かな国で、平均資産は世界一。その資産家上位1%のうち、27%は日本に住んでいる。

その実感が無いのは、日本人口の1%が、日本の富の40%を所有しているからである。

その27%の資産家が、東京都港区に住んでいるのだそう。


どんな金持ちも、服を着るときは1着。どんだけ頑張っても1日に食べる食事は5回。

1人のアラブの金持ちで経済が回るのではない。

10万人の桜見を謳歌する人たちが居て、経済は回るのだ。



中年を過ぎると、手の付けられない狭量となった人になることがある。

それは怠慢にして肝っ玉が小さくなったのではなく、青年期の努力によってそうなったのである。


自己を愛するということは、他者を愛することによってしか顕現しない。

危機のときに失うものを数え上げている者に未来はない。

若い女性たちが自分に欠けているものを数え上げることをやめて、豊かに持っているものを誰にどんな形で分け与えるかを探し始めている。

この思想のシフトは、資本主義、“金の全能”の終わりの始まりを危機を敏感に感じ取っているのではないかと。


マイケル・ジャクソン氏の幼児虐待についても触れてゆきます。

彼の歌に含まれている、生々しい苦悩と、そして理想。

イワン親子の虚言に21億円をマイケル・ジャクソンは支払った。

でも、当時のマスコミは、イワン親子の虚言であることは伏せ、マイケル・ジャクソンが21億円を支払ったことを強く伝えていた。


・・・


邪悪なものの鎮め方

武田鉄矢さんも内田樹先生も浄土真宗の信徒さんですが、それを指して何をかいわんやとするところもあるようです。それもまた邪悪なものの鎮め方でして・・・。

僕は神仏習合時代の修験道の行者で、祝詞もあげれば念仏も唱えながら祈祷をする山伏ですが、武田鉄矢さんの今朝の三枚おろし、ネットラジオを何度も聞き返してますが、CDブック化されたら欲しくなる一品ですね。文化放送さん、宜しくお願いします。


posted by とっち at 20:14| Comment(0) | 人生相談 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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