そのうちに、と思って随分と放ったらかしにしていた携帯電話の“電池無料キャンペーン(?キャンペーンじゃなくサービスか)”。
昔にくらべて遥かに壊れにくくなったケータイは、水没マークが滲んだ位じゃ壊れない、ものもある、かも、たまたま、みたいな。とりあえず僕の壊れていない。
携帯電話本体の縁なんかは塗装が摺れて無くなって、中のチップが見え始めている。おぉー、筐体は透明だったんだ。
結構な高さから落としても壊れず、雨合羽の中で汗に蒸されてしまっても壊れず、チェンソーの振動にも壊れず、粉塵でカメラレンズは真っ白、イヤホンマイクのコネクターに至っては本体側のメスコネクターが基板からむっちゃけている(ブルートゥース未対応機種だからハンズフリーが出来ん)。おまけにFOMAカードの電極に緑錆が浮いていても壊れずに頑張っている。
お父さんも頑張っているんだから、あなたも頑張りなさいよ、なんて語りかけてはこなかったけど、ここにきて、充電ランプが点滅するようになってきた。3回に1回くらい充電に失敗し、朝に充電コネクターを引っこ抜くと電池切れアラームが鳴る。あ、充電器ホルダーは買わなかったので。
気付くと2年と半年、だましだまし使ってきたバッテリーはもう寿命の頃になったんだね。確か電池が貰えるサービスをやっていたなぁと思い出し、ショップで申し込んだのち4日、バッテリーが届いた。
昔はケータイはタダで貰えてバッテリーは買うものになっていた。
10年以上も前、デバイスメーカーさんの工場から仕事をいただいて出入りをさせてもらっていたときに社員さんから聞いた話し。
“高品質の製品をこうして毎日まじめに作っているのに、街じゃタダであげちゃってるんだものなぁ(苦笑)”確かに。
現代農業にいわれ続けてきたことも最新鋭の産業分野でも同じか。減反転作に補助金。でも、現実には効率的な経営をしないとコメを作って経済的に裕福な生活を築くのは難しい。
映画“THE MATRIX”では人間が電気を産む“乾電池(発電機だろうけど)”として、自我を持ったコンピューターに支配されている。
人間は、部品じゃないよね。意思を持って生きているんだもの。どんな人だって、人は人。